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最高裁判所第三小法廷 昭和47年(オ)698号 判決 1972年9月26日

上告人 工藤政治(仮名)

被上告人 清水宏子(仮名)

被拘束者 清水道明(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人飯田信一の上告理由について。

意思能力のない幼児を監護するときには、当然幼児に対する身体の自由を制限する行為が伴うものであるから、その監護自体を人身保護法および同規則にいわゆる拘束と解するに妨げないことは、当裁判所の判例(昭和三二年(オ)第二二七号同三三年五月二八日大法廷判決・民集一二巻八号一二二四頁、昭和四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁)とするところである。そして、法律上監護権を有しない者が幼児をその監護のもとにおいてこれを拘束している場合に、監護権を有する者が人身保護法に基づいて幼児の引渡を請求するときは、両者の監護状態の実質的な当否を比較考察し、幼児の幸福に適するか否かの観点から、監護権者の監護のもとにおくことが著しく不当なものと認められないかぎり、非監護権者の拘束は権限なしにされていることが顕著であるものと認めて、監護権者の請求を認容すべきものと解するのが相当である。このことは、離婚した父母のうち子の親権者と定められた一方が法律上監護権を有しない他方に対して子の引渡を請求する場合においても同様であつて、拘束者が子の実親として養育するものであることの一事をもつてその拘束を正当とすることができるものではなく、親権者に監護させることを著しく不当とする事情がないかぎり、救済の請求が認容されるものと解すべきである。

本件において、上告人と被上告人との間に離婚話が出たとき、離婚の際は被拘束者の親権者を母の被上告人とする旨の協議が成立しその届出がなされた旨、また、被上告人は、離婚後は実父母方に身を寄せ、被拘束者を含む母子三人の生活費も十分保障されて、平隠に被拘束者を監護養育してきたものであり、他方、上告人は、事業に失敗し多額の負債をかかえて実姉のもとに世話になつており、二歳に満たない幼児である被拘束者の現実の監護も、必ずしもこれに専念できない実姉にゆだねざるをえない事情にある旨の原判決の事実の認定判断は、挙示の証拠に照らして肯認することができる。そして、右事実関係のもとにおいては、親権者たる被上告人が被拘束者を監護することが著しく不当なものでないことは明らかであり、したがつて、上告人の被拘束者に対する拘束が権限なくされていることが顕著であるとして、被上告人の本件請求を認容した原判決の判断は、正当として是認することができる。原判決の認定判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、人身保護規則四二条、四六条、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)

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